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山見と番船

生月御崎沖座頭鯨網代追入図(クリックすると拡大表示します)

鯨を探すためには山見と番船が用いられた。
 山見とは陸上にあって鯨を探す場所の事であり、探す役目の者や小屋もさす。山見は複
数置かれたが、本部の山見が納屋場や船団の待機場所に近い高所に置かれ、そこから見通
せる範囲で鯨の通る海域を監視できる高地、岬、小島の上に外郭の山見が置かれた。
 生月島では、納屋場に程近く、網代を眼下に見る鞍馬鼻に本部山見が置かれ、生月島の
東岸、生月島の東対岸の下り鯨が回遊してくる海峡に面した的山大島、度島、平戸島の沿
岸に加え、生月島の西岸にも上り鯨を見張るための外郭山見が置かれた。
 山見の建物を『勇魚取絵詞』で見ると、板屋根の庇を長く出して空があまり視界に入ら
ないようにしている。視界が広くなるほど目の疲労は増すためである。山見の者は、おも
に浮上する鯨が呼吸の際に吐き出す呼気(汐吹き)を探したが、その形で鯨の種類や進行
方向も言い当てたという。昭和初期の呼子で山見を務めた人によると、漁期の間は悪天候
以外、夜明けから夕暮れまで監視を続け、昼飯も監視をしながら取り、日常生活でも深酒
や夜更かしなど視力や集中力に影響することは控えたという。江戸時代後半には遠眼鏡も
使われた。
 外郭の山見は鯨を発見すると、直ちに狼煙や筵旗、枝を振って本部山見に知らせた。狼
煙には松葉を用いたが、わざと戸外に置いて湿らせ煙が立つようにしていた。また狼煙を
焚く場所で鯨の種類を知らせたという。本部山見では、知らせが入ると、筵旗を上げて確
認の合図とし、鯨の種類や来る方向を船に知らせた。また西海では鯨が網に近づくと、近
傍の山見は手持ちの幟旗を使って船に鯨の位置を知らせた。
番船は、沖合の方から来る鯨を発見するために出した勢子船で、鯨を発見すると旗を立
てて合図とした。

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