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銛突・剣突

生月御崎沖座頭子持鯨剣切図(クリックすると拡大表示します)

 鯨を網に追い込む際に、鯨が網を察して先に進まない時がある。その際、軽量の早銛を
打って鯨を驚かして突っ込ませる事もあった。
 鯨が網を被り泳ぐ速度が鈍ると、勢子船から大型の萬銛を打ち、鯨と船を繋ぎ止めた。
萬銛の銛先は大凡4尺(約1.2b)重さは950匁(約3.5`)から1貫500匁
(約5.5`)もあり、約2.5bの柄が付いていた。銛は上向きの角度で投げ上げられ
たが、有効射程は重量や揺れる船上から投げる事を考えると、早銛で凡そ13b程度、萬
銛で8〜9b程度と、極めて近距離だった。1番銛は大変な栄誉とされ、高い報償が与え
られるとともに、名誉ある役職として納屋場への連絡を行った。続いて各船から2番銛、
3番銛と打ち込まれるが、銛を打った船は合図の印旗を立てた。益冨組の場合、鯨の種類
や子供鯨の有無で異なる印旗を用い、立てる位置も異なった。こうして何本もの銛を打た
れ、何艘もの船を引きずる事で、鯨は疲労を重ねていく。特に子持鯨の場合、泳ぎが遅い
子に先に銛を打ち、離れない親と共に捕獲した。
 銛綱を通して船を曳いて、鯨の動きが鈍ったところで剣を打つ。その際、羽指は持双船
に乗り移った。これは鯨が沈下しはじめた時、直ぐに鯨を持双掛けにして確保できるからで
あり、また勢子船は萬銛の綱で曳かれていて行動が制限されるからだと考えられる。剣
も上に向けて投げ上げ落とし突きしたが、繰り返し突く事で鯨に深く傷を負わせ、鯨の厚
い脂肪層を突破し、腹腔に海水を流入させ肺を圧迫して鯨を溺れさせるという。この作業
に用いる剣は、長柄の先に鉾のように尖った切れ物を付けたもので、例えば『勇魚取絵
詞』にある益冨組の剣は、先端の長さ3尺(約90a)、重さ1貫900匁(約7`)もあった。

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